商学部NEWS
【市原ゼミ】長谷部茂先生を招き台湾の歴史や国際関係を学びました
2026.06.09(火)
ゼミ
今年度、市原ゼミには台湾からの留学生をはじめ、幼少期を台湾で過ごした日本人学生、家族が台湾で活躍している学生など、台湾にゆかりのある学生が多く集まっています。ゼミ生たちは地理や言語、人的交流の面から日本と台湾の関係について考察しています。5月13日(水)は本学国際日本文化研究所および拓殖アーカイブズ事業室の長谷部茂先生をお招きし、さらに理解を深めるための特別講義を受けました。
講義では、昨今の日中台関係の背景や政治経済の現状や「台湾のアイデンティティとは何か」という根源的な問いに対する多角的な視点、長谷部先生ご自身の台湾留学の経緯や、今後の向き合い方など、貴重な機会を賜りました。学生たちは、ニュースの背景にある複雑な文脈への理解を深め、点と点が線で繋がるような深い納得感を得ることができました。
当ゼミナールでは日台関係の考察を重ねて歴史の深淵に触れるにつれ、台湾出身の学生でさえ自国について戸惑いを覚える場面も出てきていました。
例えば、特別講義の前には「航空」をテーマとしたアプローチを行いました。
1975年から2008年まで、両国を結ぶ主たる空の便を担っていたのは「日本アジア航空(JAA)」という航空会社でした。姿形は親会社であるJAL機そのものでありながら、尾翼に「鶴丸」の姿はない――。この特異な外観を持つ航空会社は、複雑な国際政治の波間に産声を上げ、30年余りにわたり両国をつなぐ空の架け橋として飛び続けました。
日本アジア航空の歴史が象徴するように、両国の関係には一筋縄ではいかない背景が存在します。日本人の多くは台湾を「親日的な国」と捉え、そこに居心地の良さを感じています。しかし、その根底にある1895年から1945年までの日本の統治時代に対する評価は、台湾国内でも決して一枚岩ではありません。
インフラ整備や教育を評価する声がある一方で、皇民化運動や言語の弾圧、先住民との衝突(霧社事件など)といった痛ましい歴史も確実に存在します。日本側が表面的なノスタルジーだけで「近い」と思い込んでしまうと、台湾の人々が持つ複雑な歴史認識やアイデンティティとの間に、ふと「遠さ(認識のズレ)」を感じることがあるのです。
今回の特別講義は、このような課題から台湾事情に造詣が深い長谷部先生へお願いするに至りました。
台湾にゆかりのある学生が多く集う今だからこそ、今回の講義での学びを糧として、台湾と日本のこれからの関係について、より一歩踏み込んだ議論に進めていきたいと考えています。


当ゼミナールでは日台関係の考察を重ねて歴史の深淵に触れるにつれ、台湾出身の学生でさえ自国について戸惑いを覚える場面も出てきていました。
例えば、特別講義の前には「航空」をテーマとしたアプローチを行いました。
1975年から2008年まで、両国を結ぶ主たる空の便を担っていたのは「日本アジア航空(JAA)」という航空会社でした。姿形は親会社であるJAL機そのものでありながら、尾翼に「鶴丸」の姿はない――。この特異な外観を持つ航空会社は、複雑な国際政治の波間に産声を上げ、30年余りにわたり両国をつなぐ空の架け橋として飛び続けました。
日本アジア航空の歴史が象徴するように、両国の関係には一筋縄ではいかない背景が存在します。日本人の多くは台湾を「親日的な国」と捉え、そこに居心地の良さを感じています。しかし、その根底にある1895年から1945年までの日本の統治時代に対する評価は、台湾国内でも決して一枚岩ではありません。
インフラ整備や教育を評価する声がある一方で、皇民化運動や言語の弾圧、先住民との衝突(霧社事件など)といった痛ましい歴史も確実に存在します。日本側が表面的なノスタルジーだけで「近い」と思い込んでしまうと、台湾の人々が持つ複雑な歴史認識やアイデンティティとの間に、ふと「遠さ(認識のズレ)」を感じることがあるのです。
今回の特別講義は、このような課題から台湾事情に造詣が深い長谷部先生へお願いするに至りました。
台湾にゆかりのある学生が多く集う今だからこそ、今回の講義での学びを糧として、台湾と日本のこれからの関係について、より一歩踏み込んだ議論に進めていきたいと考えています。